2015年8月アーカイブ

SRI より 2015/7

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日本は未だ暑さが続いていますか?

こちらは温度が下がったり上がったり。今日は久しぶりに30℃を超えそうでしたが、先週末は17℃を切っており、冷たい雨が降り続いてまるで初冬の様な天気でした。

ヨーロッパは今、難民問題で大変です。

ドイツでは今年だけで、80万人(8万人ではありません)の難民が流入するだろうと恐れられています。
私達の居る北ラインウェストファリア州だけでも今年の1月から6月までに9万人の難民が流入したと州政府は発表しています。
しかしこれらの数字は届け出がされた人たちの数字ですから、無届けを入れるとどれだけの人間が流入しているのか見当がつきません。

かってユーゴスラビア崩壊で内戦状態に成った時、ヨーロッパは、空爆で介入して内戦を終結させました。
私はこれは、ヨーロッパに避難民が流入する事を避ける為の策であったと思っています。

今や当時恐れられていたユーゴスラビア避難民の数とは比べ物にならない大量の難民が、  ヨーロッパ内をさまよっています。

一口に難民と言っていますが、私は流民と言った方が適切であると思います。
もちろんドイツ以外にも流民は、大量に流れ込んでいるのですが、当局に保護された流民の  80%が最終目的地としてドイツを目指しているとも言われています。
従ってドイツにとって流民は大問題です。
ドイツの中央政府、州政府は、此れ等の流民を厳重にチェックした上で、半数以上は本国に送り返すと言っていますが、そうは簡単に行かないでしょう。

ドイツに流入する流民は4つに大別されると思います。
1)アフリカ流民、
主として北アフリカのリビア、チェニジアから地中海を命がけで渡って来る黒人でイタリア、 ギリシャに上陸します。
2)シリア、イラク流民
トルコを経て、ギリシャの島(トルコに近いロドス、コスと言った観光リゾートの島)に上陸します。
3)バルカン半島流民
ギリシャ、ハンガリーを経由して陸路、直接ドイツに入って来ます。
4)EU流民
これは、ルーマニアの様な貧しいEU域内から合法的に入ってくる低賃金労働者で、1日20時間、月給400ユーロで働かされているいわゆるタコ部屋労働者。

此れ等の大量流民は、安住の地を求めてヨーロッパを動き回っています。"民族大移動" そのものです。
インターネットを経た情報の広がり、整備された道路交通網がこの大移動を助けているのでしょう。
命がけで地中海を渡ったアフリカ流民も一旦イタリアに上陸してしまえば、EU域内に移動して行くのはさほど難しくはありません。

EU各国で流民受け入れ対応、方針はさまざまです。

ハンガリーや、オストリアの様な通過国(勿論通過せずに留まる流民もいます)は、出来るだけ早く通過してドイツ、スウェーデンに出て行って欲しいという暗の方針をとっています。

イタリア、ギリシャ、フランスは完全に悲鳴を上げておりEU政府に緊急対策をせまっています。

スロバニアなどは、「受け入れ流民はキリスト教徒に限る」と言いだして、EUの他の諸国のひんしゅくをかっています。

ドイツでは、流民受け入れの方針作りもさる事まがら、入って来た流民の住居が手配出来ず、住居手配にてんやわんわです。野原にテント村を作ったり、学校の体育館を解放したり、まずは住居手配です。

これからドイツは冷たい冬に向かって行きます。テント生活の流民はどうするのでしょう。暖かいフランスや、スペインに流れて行くのでしょうか?

流民同士とトラブル、流民とドイツ人(ネオナチス)とのトラブル、いずれも警察が介入してけが人が出る様なトラブルも起き始めています。

日本の梅雨はもう明けましたか?

こちらは相変わらず日ごとに、激しく変化する天気が続いています。
先週は比較的穏やかな天気でしたが、週末は暴風雨です。屋外で行われる行事は全て中止。
ラジオ、テレビでは「出来るだけ外出しない様に」と警告を流し続けていました。ドイツ西部では比較的被害は少なかったと言われていますが、それでも大風の為,死者がでました。
オランダでは、記録の残る限りの最大の風雨でかなり被害がでたようです。

この1ヶ月悪天候の合間を縫って晴れ間が、一日あるいは、半日、突如として訪れます。この時を待って私は庭に飛び出し、庭木の枝を落としたり、花壇の手入れをしたり、花の苗(日本から種を持ち込み、プランターで発芽させました。)を植え替えたりします。庭の手入れです。
庭の手入れは隣人(年金生活のご夫婦です)にお願いしていますが、ご主人の体調が今年の始めから今ひとつ、すぐれず、庭は殆ど手入れされずにいました。この為、私の仕事はかなり大変です。

ご主人の体調不良と言うのは鬱病です。ドイツでは鬱病患者が非常に多く、(ご主人も特別な例ではありません。)
ドイツでは、かって一度鬱病にかかり医師の治療を受けた事があると言う人(今は回復していると言う事です)までを含めると全国民の25%が、治療を要する鬱病患者であるそうです。

大変な国ですね。そう言われてみれば、ドイツでは日常生活のストレスが多い。つまり中々気が抜けない。また神経を使い、イライラする事が多い様な気がします。

これは、私の友人の話ですが、最近の彼のイライラはドイツのストライキ波です。次から次に色んな業種でストライキが続いています。この友人の場合、飛行場勤務者のストライキ(その前にはパイロットのストライキもありました)で、何と飛行場での手続き等で、待ちに待って4時間もかかったとの事。イライラも無理ない。
彼の今ひとつのストライキのイライラは、郵便局員のストライキです。同じ市内の友人に手紙を出したが、3週間かかったとの事です。これに似た事は私の妻も経験しています。彼女が、2週間前に手紙(同じ市内に住む友人宛)を出しに郵便局に行ったところ、局員から「急ぎますか?」との質問があったとの事。彼女は、正直な女ですから「急ぎません」と答えています。手紙は未だ友人宅には届いていない様です。

しかし私は鬱病は、大丈夫です。

先週は、たまたま1日半、天気の良さそうな予報がありました。ソレッと車で妻と飛び出して 1泊でベルギーのブールジュに観光旅行に行って来ました。

片道3時間のドライブでした。

天気はまずまずでした。ブルージュは北のベニスと言われる運河に囲まれた美しい町です。
ベルギーの北西部フランドル地方にあります。中世から近世にかけて貿易と産業(織物)で栄えた町です。
「宝石箱をひっくり返した様な」という表現がぴったりの奇麗な、可愛いい町です。町の規模は、ベニスより遥かに小さいですが、、中世からの建物が奇麗に保存されていて素晴らしい町並みを作っています。石畳の、狭い、入り組んだ路地が味わいがあり特に美しい。

日本人にブルジューを紹介したのは、亡くなった向田邦子だと思います。彼女は特にベルギーという小国を愛し、ベルギーは、ビールと生ハムが非常に美味しいと書いています。ビールは、
ベルギーは世界で一番種類が多いと言われています。
種類が多いだけでは無く、味も中々いい。
生ハムの方は北東部のアルデンヌ地方の特産です。アルデンヌはドイツとの国境に近く、あの映画「バルジ大作戦」の舞台であったと思います。(一寸確かではない)アルデンヌの生ハムは、私には一寸、塩気が強すぎる気がします。イタリーやスペインの生ハムの方が美味しいと思うけれどこれは好きずき。
ベルギーは、さらにチョコレート、ワッフル、フレンチポテトが名物です。
チョコレートは私はドイツの方が美味しいとおもいますが、ワッフル、フレンチポテトは中々のものです。
何と私はワッフルを肴にフルーティーな味わいのベルギービールを1杯のみました。悪くなかった。
そのあとで、フレンチポテトを肴に一寸辛めのベルギービールを2杯飲みました。これもまた良かった。

ブルージュは、ムール貝も名物です。白ワインと塩、これにタマネギとセロリーを加えて煮ます。これは、冬場が旬なので今はあまり美味しくない。しかしせっかくだから(何がせっかくかわかりませんが)これも食べました。

向田邦子さんのおかげで日本人観光客が、1980年代に大量にブルージュ(ところで、フラマン語、つまりフランドルの言葉、ではブルッゲと言います。ブルージュはフランス語です)に押し寄せる事となり、ブルージュの土産物屋では「チョコレートあります」とか「レース編みあります」とか日本語の張り紙がいたるところにあります。観光案内書も日本語のものが売っている。

しかし日本人の観光客は今は、殆ど見かけません。今は、かわって中国人です。圧倒的に多い。
ベルギーの人には、日本人も中国人も見分けはつきません。従って張り紙は日本語のまま。

何となくもの悲しい。

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高木さん略歴
九州工大卒業後、西華産業に就職しました。
1970年にドイツに赴任し、25年間ドイツの西華産業で勤務しました。
この間の業務は産業機械、設備の販売、つまり輸出、輸入です。
1995年に帰国。その後西華産業本社に10年間勤務した後、独立しました。
1995年の帰国から今日まで、私の業務の中心は、環境、エネルギーの技術に関するものです。
環境、エネルギーは、学生時代から興味を持っていたテーマですから、卒業後30年経ってやっと自分の好きな事が出来る様になったと言う事ですね。

諸兄

いかがお過ごしですか?

私は妻を伴い、6月の半ばから例年通りドイツに来ております。

ドイツに来て2週間になりますが、天候不順に振り回されています。先週は、寒い日が続きました。我が家では、暖房を入れて、さらに私は、セーターを着込んで家の中で仕事をしていました。
ところが、今週は打って変わって、夏らしくなり、月曜日から気温はぐんぐん上がり、今日の温度は、日中は30℃を超えています。
今日木曜日には37℃になるという予想もあり、オランダでは、高温警報が出ています。何ぶんヨーロッパの家庭では、エアコンが無いのが普通ですから、熱さ対策といっても水分を充分に取り、屋外での活動を制限する以外に手はありません。

ドイツに来て未だ2週間程度しか経っていませんが、この国も色々と問題を抱え込んでいる様に見受けられます。

今、連日ニュースの目玉は、「ギリシャ危機」です。次の日曜日に国民投票があり、ギリシャでは、EU通貨同盟に留まか?通貨同盟から離脱するか?(EUそのものから脱退するという選択肢もあります) の民意が問われます。
国民投票の対象に成るような政策決定では無いと私はおもいますが、ギリシャ政府与党の一種の責任逃れでしょう。
ギリシャ国民にとっては、EUに残るのも地獄、EUを去るのも地獄、という気持ちでしょう。しかし国民は、EUに留まる決定をするでしょう。何故なら、EUに留まる事により訪れる地獄は想像が付くからです。同じ地獄でも想像が付かない地獄はもっと怖い。EUを去る事による地獄は、想像出来ない範囲なのです。
私はギリシャはEU(少なくとも通貨同盟)からは脱退した方が良いと思う。国が支払い不能になるわけだから、一時的には非常に苦しい事態になり、海外からの投資、借入は不可能に成るでしょう。しかし会社の倒産とは違う。資産を整理して借入金を返す必要はないのです。
国も国民も残ります。バブルの夢を捨てて国民が地道に努力してゆけば、産業の競争力も復帰します。産業の競争力が復帰すれば、海外からの健全な産業投資も期待できます。
ギリシャは元々産業の乏しい、貧しい国でした。ここにEU通貨が導入されました。海外投資家にとっては通貨の上でのリスクがなくなった。金利は高いから、金融グローバル化の中で膨大な無駄な金が、ギリシャにじゃぶじゃぶと流れ込み、バブルを起こしたものと私は見ています。
EU通貨同盟に残る限り、この基本的な金の流れはかわりません。

私の住んでいるのは、Duesseldorf市の郊外です。Duesseldorf市は、ドイツ最大の州である「北ライン、ウェストファリア州」の州都です。北ライン、ウェストファリア州は、北ライン地方とウェストファリア地方が一緒になって出来た州です。州都Duesseldorfは、北ライン地方にあります。
今Duesseldorf市とその郊外は穴だらけです。昨年末から急速に公共工事が一斉にはじまった為です。何故一斉に始まったかと言うと
一昨年来の好況で州政府に資金的な余裕が出来た事。
それにこの国は官僚国家ではないので、公共投資、工事計画に一貫性と計画性が無い事。
が原因です。
この国には、官僚だけでなく、優秀な役人もいない。つまり行政のプロが不足しているわけです。行政には別にプロはいらない。しかしプロが\いた方が、金はかかるが、一貫性のある、長期的、かつ効率的な行政が可能なのです。
しかしプロはいなくとも行政はできます。政治家とこれにぶら下がっているゴロがやっても、行政は行政です。ただ州都と周辺が突如として穴だらけになるだけです。

昨年の夏は気象台の記録に無いような大嵐が吹き、Duesseldorfとその周辺で数百の街路樹が、根こそぎ吹き倒されるという事が起きました。今年は未だこのような突発的な自然災害は起きていませんが、我々の目に付かない処で異常気象はじょじょにしかし確実に進行しています。ヨーロッパは明らかに温暖化しています。
30年前私が当地に住んでいた頃、白樺の木はいたる処に自生していました。私の家の庭にも白樺が2本ありました。ライン川の河原から苗木をとって来て植えたものです。
白樺は寒冷地に自生する落葉樹です。照葉樹と違って、葉や枝が密生すること無く、さっぱりとしたたたずまいで、私の大好きな木でした。この白樺を最近は、Duesseldorf周辺でさっぱり見なくなりました。

ワインを作る葡萄の木はライン川辺のボン市当たりが北限でありここより北では葡萄の木は育たない。私の持っている40年前にドイツで出版されたワインに関する本にはこの様に書いてあります。
私の隣家の玄関先にはしかし今、葡萄が植わっています。8月頃から実を付け、数週間で熟します。この葡萄を失敬して試食して見ると、これが甘くておいしい。この間は私は、オランダでも葡萄の木を見ました。
嘘か本当か知らないけれど、イギリスでも葡萄の木が育ちワインが作れる様になったという話も聞いた事があります。

私が日本から種を持ち込み、植えた椿の小さな苗木は、屋外で冬を超しました。
椿は日本でも関東地方が北限であると言われる温帯の植物です。

地球は確実に温暖化しています。

高木

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